建築計画
2017.12.01

第6章 -わたしと家の約80年のものがたり-

20xx年 いつかまたわたしたちが災害に直面するときそこにZEHがあったなら

 先の震災があった時には私はまだ学生で、やすみを使ってボランティアにも参加してみたけれど、結局は自分の無力さを痛感するだけだった。そんな苦い記憶がどこかにあったから、私の要望でこの家にはパソコンでいうところの「セーフモード」をプログラムしてもらった。周辺地域には、いわゆる「既存不適格」の住宅もたくさんあり、もし再び災害が起こった暁にはその多くが全壊を免れないだろう。有事の際に我が家は周辺の被災者のための生活拠点や、エネルギーハブになってくれるはずだ。私の家だけでどこまでのことができるか知りえないが、こうした試みが点在するだけで、まち全体の防災意識や災害時の復旧力を少しずつ高めていくのではないかと思う。

 三鷹周辺もすっかり住人の世代交代が進んだ。しかし、すぐちかくの地域では高齢化が進み、深刻化しているという。その差は一体何だったのだろうか。少子高齢化や都市の世代交代の難しさが「空き家問題」をもたらした。しかし空き家は大事に使うことができれば貴重な「インフラ」になるのではないかと、この家で暮らす内に思うようになった。「失われたコミュニティの復興」などと大きく叫ばれた時代もあったがどうやらそれは、トップダウン型の政策ではなんも解決できなかった。一方私は、ただこの場所に、この家に一生懸命住み続けただけなのだが既に私の日常はご近所付き合いがなくては成立しないほどになった。

 郊外での生活にも慣れたので、少し空き地をご近所さんから借りて週末菜園を始めた。(すっかりハマってしまい、家のなかでもできる水耕栽培というものにも手を出そうと密に思っている。)こうして、偶然空き家に住みついた人間が、いよいよ周辺の土地もメンテナンスをしているのだから、全く「空き家問題」も捨てたものではない。