建築計画
2017.12.02

第7章 -わたしと家の約80年のものがたり-

2046年 ZEHのあるわたしたちの世界の明日

 子供は大学への進学にあわせていつかの私と同じように、一人暮らしを始めると言って家を出て行った。あれからもう何年経ったのだろうか。「年寄りには狭い部屋が丁度いい」という母のセリフもようやく腑に落ちるようになった。2046年を生きる自分の事など、この家に住み始めた頃には想像すらしなかった。あのころの未来に、私はあの頃と同じ家と共に生きている。

 数年前から、近所の空き家を貸し出す事業をしていることもあり、家の一部も賃貸として運用することにした。このようなビジネスモデルが成り立つのは、何と言っても関東全域で整備された自動運転ネットワークのおかげだろう。数十年前では考えられなかったことだ。何しろこの技術の発展によって、「郊外」のイメージがずいぶん変わったように思う。すでに私たち夫婦が子供の家の近所に住むために引っ越そうと考える必要もなくなったし、近いうちに介護のあり方にも変化が生まれるかもしれない。

 思い返せば、この数十年は「わたしの家」にとっても激動の時代だったと思う。はじめは手探り状態だったが、どうやらこの建築には、時代の変化や私たちの生活の変化に寄り添うための仕掛けがある。この家は、私が絶えず手を加えて微調整をし続けなくては住みこなせない。多くの部分が私に放り投げられているのだ。しかしながらそれゆえに「今だけ/ここだけ/私だけ」という状況にうまく対応してくれた。あの設計者には感謝したい。

 2046、、、昔そんな名前の映画があった。「2047」の未来に生きる主人公は、すべてが変わることなく存在し続けるという、まだ見ぬ「2046」を求め、探し続ける。過剰にノスタルジックで、湿っぽい映画だった。

 私が今見ている現実は意外とドライだ。2045年の「シンギュラリティ」もとうとう来なかった。全てが変わってしまうことも、全てが変わらず残ることもなかった。残ったものは全て、私が残したものだ。これからどんな未来が待ち受けているのかはわからないけれど、大きな不安はない。私はいつだって、私の世界を自分の手でチューニングしながら生きていくだけだ。私と同じように、皆もそう思える未来は、きっと良い。